日本少年野球連盟(ボーイズリーグ)大阪阪南支部所属、堺ビッグボーイズのブログです


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カテゴリ:代表ブログ( 135 )

負けから学ぶ。

9月18日からはじまった第22回堺ビッグボーイズ大会。天候も良く、3日間無事に運営することが出来ました。

島根、岡山、福井、石川、富山、愛知と、遠方からもたくさんのチームがお越しになられ、総勢60チームの大きな大会です。

堺ビッグボーイズは1回戦でまさか?の敗退。。。

そりゃ~ショックでしょ。選手は。
急遽組んだ練習試合でも苦戦が続いたと聞いています。
しばらくは、中々思うように行かなさそうかな?

当たり前ですが、この「負け」をどう今後に生かすか?どう感じているか?粘り強く、しっかりとやるべきことを継続していけば、いつか芽が出る時が来るでしょう。
それは中学3年間でなくても良いのですし、その先の野球や人生で生かせれば充分かと思います。

負けが、負け、でなくなる時を目指して!

代表S
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by sbb_blog | 2010-09-19 21:47 | 代表ブログ | Trackback | Comments(0)

チームの取組

昨日はチームのスーパーバイザーとして指導に携わってもらっている、ロサンゼルスドジャースの小島圭市さんがグランドへお越しいただきました。

練習の方法から選手へのアプローチの仕方など、とても勉強になることばかりです。

何より刺激になっているのは指導者です。

今まで自分がしてきたこと。教えられてきたこと。指導とはこうだと考えていたこと。今のやり方と比較すると、ひょっとしたら全く逆のことをしていたかも知れない。それを真摯に受け入れて、子供たちにアプローチする。
挑戦です。

昨年から選手の動きを見ていると、自発的にあいさつする。グランド整備をする。「やらされている」のではなく、そんな動きが増えてきたように思えます。
昨日、3年生が久々に練習に参加しましたが、だらだらした様子もなく、淡々と自分の練習をしながら、下級生の手伝いを率先して行いながら、「僕達はわかっているよ。」言葉には出さないまでも、自然に練習をしていたのが印象的でした。

チームの決まりごととして、「自分で起床して参加する」というのがあります。
たったこれだけのことですが、「これがとっても大切なんだよ」と、小島さんは仰います。
自分で決めて行動する。この第一歩が出来れば色々なことにつながっていく。

今、企業が求めているのもそんな人材ではないでしょうか?
言われたことだけやる。言われてから動く。言われたことだけ文句を言わずにやる。それだけで生きていける時代はもう通り過ぎているよう思えます。

そんなことが当たり前のように出来るチームになったら、きっと面白くなりますね。

小島さんを、堺ビッグボーイズを取材してもらっている氏原英明さんのブログです。
http://hb-nippon.com/blog/jornalistahide/

代表S
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by sbb_blog | 2010-09-13 09:17 | 代表ブログ | Trackback | Comments(1)

チームの歴史Ⅱ

せっかくの機会なので、チームの歴史Ⅱ、続きのネタをもう一つ。

その後、すっかり新しく出来たチーム「 堺ビッグボーイズ 」に、携わった瀬野龍也さん。
息子が卒業した後も、むしろ加速するようにチームに没頭していきました。

チームは多くの部員を迎えるようになり、強豪チームへの仲間入り。全国優勝も果たして、プロ野球選手も輩出。一時代を築かれた功績はとっても大きなものでした。

時代背景もあって、中々豪快な生き方をされていたので、無理がたたって歳を重ねる毎に病気をよくするようになりました。
歳は重なる、時代は変わる、野球や取り巻く環境も変わる。
ビッグボーイズ命の瀬野龍也さんもさすがに制度疲労を起してしまいました。

約8年前やむなく代表交替の時期が来てしまいました。

それからは相談役としてチームに携わっていただき、2年後の9月22日急逝されてしまいます。

晩年はかなり病状が思わしくなかったので、覚悟はしていました。

後年はほぼ「堺ビッグボーイズ」に、命を賭けた父。母や家族を省みず、それこそ、全てを注いだと言っても過言ではありませんでした。
私自身、これだけ没頭する父に対して、不信感、反感を持ったことも事実でした。
「人の役にはたったけど、家族に迷惑掛けすぎやろ!」

翌日のお通夜。

人の流れが止まりません。次から次へと人がやってくる。本当に次から次へとです。夜中まで。
急遽、ホールの別部屋も空けてもらって、モニター付でのお通夜になりました。
総勢800人。翌日の葬儀と合わせて1500人の方が参列下さいました。
社葬並みの人数だそうです。

これ、ほぼ、いや全員、野球関係です。

ビッグボーイズ創設時の方、OB、連盟関係者、中にはビッグボーイズを途中で退部した選手も。
次から次へと・・・。

2日間、ほとんど御礼をしていた記憶があります。頭を下げながら、「 これがオヤジの生き様やってんな~。 」
そう感じました。 

色んな人に迷惑も掛けたけど、色んな人に影響を与えた人でした。

「俺が死んだら南花台グランドの外野に石碑を作ってくれよ!!」OBの方のご厚意で、立派な石碑を建てて下さいました。
(その事実を全く知らなかったある方は、いつも外野で野球が好きそうなおじさんが、子供たちの野球する姿を楽しそうに見ているって・・・。)

そんなこんなで、このチームは今歴史を引き継がれています。こりゃ~なかなか重いね~。
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by sbb_blog | 2010-09-10 07:27 | 代表ブログ | Trackback | Comments(0)

チームの歴史。

9月4日(土)に、チームの創設者であり、長年チームの代表を務められた瀬野龍也さんの七回忌法要が執り行われました。

そんな縁もあり、ブログもはじまったことですから、ここで少しチームの歴史について書かせてもらいます。

私も可愛い時がありまして28年前、中学生になり、硬式野球に憧れてボーイズのチームに入部しました。(今も存在します。)

当時はモーレツしごき教室は当たり前で、朝から晩まで猛練習。水は飲むな、体罰もガンガン。
おまけにこのチーム、昼休みに指導者が酒飲んでりしてまして・・・。
まあ、そんな時代です。
1年経ったら40人くらいいた同級生が半分になってました。

2年生のある時、七回忌の人から。(今さらですが父です。)

「おい、このチームやめるぞ!」

「なんで?」

「俺が辞めてくれって言われたからお前も辞めなあかんやろ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・。わかった!」

後から聞けば、練習中に酒を飲む指導者陣に、そりゃ~あかんやろって注意したら辞めてくれって言われたそうです。

ところが、、、、、翌週、退部届けを出したら、何と一緒に20何人が辞めてしまったんです。

自分だけやったら、違うチーム探してよかったのに、そうはいかなくなりました。。。

それからは広場探してキャッチボール。あかんと言われて他の場所探して。。。

かれこれ1~2ヶ月たったある日。

「おい、グランド借りれたぞ!」

「やったぜ!!!」

みんなで喜んでそこにいくと・・・。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「あ・き・ちやないか~い!」

それ、今の南花台グランドです。

それからは毎週行っては、石拾いに草むしり、抜いても抜いても、拾っても拾っても、でもみんな希望があるから、親子で毎週やってました。

キャッチボールが出来るようになり、ノックが出来るようになり、試合が出来るころには3年生になってました~。

これが堺ビッグボーイズの誕生です!今や立派なチームになりまして・・・。

続き、いいすか?

現代表S
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by sbb_blog | 2010-09-07 20:56 | 代表ブログ | Trackback | Comments(1)

ブログ開始!

堺ビッグボーイズブログをはじめたいと思っています。

乞うご期待!

瀬野
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by sbb_blog | 2010-08-26 08:05 | 代表ブログ | Trackback | Comments(1)